
黒猫クロちゃん
富裕税ニャー
今回の判決は、特定の税制に対する合憲性の判断に留まる一方で、将来的に富裕税や未実現のキャピタルゲイン課税への影響が議論される可能性があります。制の解釈や適用に関する重要な先例となり得るためです。
例えば、富裕税や未実現のキャピタルゲイン課税が導入される場合、今回の判決で示された法的な解釈や基準が参考にされることがあります。これにより、新しい税制が合憲かどうかを判断する際に、今回の判決が影響を与える可能性があります。
📝目次
はじめに

2024年6月20日、アメリカ合衆国連邦最高裁判所(以下「最高裁」という)は、2017年トランプ税制改革(The Tax Cuts and Jobs Act of 2017, TCJA)によって、外国法人の少数株主であるMoore夫妻に課された、外国法人が株主に配当せず国外留保している所得への一回限りの強制還流課税(The Mandatory Repatriation Tax, MRT)(内国歳入法典965条)が、連邦議会の課税権に関する合衆国憲法第1編第8節、第9節、第16修正に反さないとの判断を下した(Charles G. Moore, et ux., v. U. S., 602 U. S.__(2024))。本稿では、このMoore事件の背景と、同事件最高裁判決の内容、同判決のアメリカにおける租税政策論議への影響について紹介し、日本における租税法理論との関係性についても簡単に述べる。
背景
アメリカ合衆国憲法では、連邦議会に一般的な課税権が認められていますが、直接税は州人口に比例配分する必要があります。1895年のPollock事件で所得税が違憲とされたため、1913年の第16修正で所得税の比例配分が不要となりました。Moore事件では、MRTが「所得への課税」といえるかが争われ、連邦第9巡回控訴裁判所はMRTの合憲性を認めました。この判決は、富裕層増税や未実現のキャピタルゲイン課税に影響を与える可能性があります。
最高裁の判断

結論
最高裁判所は、MRT(Minimum Realization Tax)が合憲であると判断しました。判決は7対2で国側が勝訴しました。
各判事の意見の分布
- 法廷意見: ケヴェナー判事(保守派)が執筆し、ロバーツ首席判事(保守派)、ソトマヨール、ケイガン、ジャクソンの各判事(いずれもリベラル派)が同調しました。
- 同意意見:
- ジャクソン判事(リベラル派)は独自の同意意見を述べました。
- バレット判事(保守派)は異なる観点から同意意見を述べ、アリート判事(保守派)が同調しました。
- 反対意見: トーマス判事(保守派)が反対意見を述べ、ゴーサッチ判事(保守派)が同調しました。
所得の実現に関する論点
- 法廷意見は、憲法が所得の実現を要請しているかについて判断を示しませんでした。
- ジャクソン判事のみがこれを否定し、バレット、アリート、トーマス、ゴーサッチの各判事がこれを肯定しました。
- 保守派の判事2人がこの論点について判断を示さなかったため、将来の事件で所得の実現が憲法上の要請だと判示される可能性が残っています.
ケヴェナー法廷意見
ケヴェナー法廷意見は、MRT(Minimum Required Tax)が法人レベルで既に実現した所得に対する課税であり、法人の未分配所得を株主に帰属させて課税することが憲法に違反しないと判断しました。具体的には、以下のポイントが挙げられます。
- 所得の実現:MRTは法人の所得を株主に帰属させるものであり、憲法が所得の実現を要請しているか否かを論じる必要はないとしました。
- 議会の権限:議会は、事業体の未分配所得を株主に帰属させて課税するか、事業体自体に課税するかを選択できると認識しました。
- 判例の引用:Heiner v. Mellon(1938)やHelvering v. National Grocery Co.(1938)などの判例を引用し、パートナーシップや法人の未分配所得を株主に帰属させて課税することが認められるとしました。
- Macomber事件の誤解:納税者側が依拠するMacomber事件は、議会が組織体の所得を株主に帰属させる権限を有するかに関する事件ではなく、株式配当の課税に関する事件であるとしました。
- 他の税制との比較:パートナーシップ税制、S法人税制、サブパートFなどとMRTを峻別することはできず、MRTが違憲であればこれらの税制も違憲となるとしました。
この判決は、組織体の株主への課税に関し、組織体によって実現された未分配所得が株主に帰属する場合に限られる狭い範囲での判断であることを強調しています。
ジャクソン同意意見
ジャクソン同意意見は、立法された税が違憲となるための要件について2点を補足しています。
- 所得の実現:納税者が主張する「所得の実現が憲法上の要請である」という点について、第16修正の文言にはその根拠がないとしています。具体的には、「いかなる源泉から派生されたものであっても(from whatever source derived)」という文言は、Pollock事件最高裁判決を上書きするためのものであると、ジョン・ブルックス教授らの意見書を引用しています。
- 直接税の該当性:ある均一税が第16修正違反であると主張するためには、その税が「直接税」に該当することが要件となります。しかし、MRTが直接税に含まれない「関税、輸入税及び物品税(Duties, Imposts and Excises)」に該当する可能性についても検討する必要があるとしています。
この意見は、MRTが憲法に違反しないことを補強するための重要な視点を提供しています。
バレット同意意見
バレット判事は、所得の実現が憲法上の要請であるとし、その根拠を「派生した(derived)」という文言に求めています。彼女は、法人と株主の関係において、配当宣言や株式譲渡がない限り、株主にとって所得の実現はないとしています。また、Macomber事件の判決を重視し、株主をパートナーとみなすことはできないとしています。
さらに、バレット判事は、パートナーシップと法人を区別し、法人の場合は、株主が実質的に所得を受け取ったと評価できる場合に限り、法人格を無視して株主に所得を直接帰属させて課税できるとしています。彼女の意見は、Heiner v. Mellon事件がパートナーシップに固有の判断である一方、Helvering v. National Grocery Co.事件は一人株主の事案であり、法人所得が実質的に一人株主に帰属する所得だと認定できた事案であるとしています。
このように、バレット判事の同意意見は、パートナーシップと法人を区別し、MRTに関する所得の帰属については、納税者側がサブパートFについて合憲だと認めている状況下では、MRTについても同様に解すべきだとしています。
トーマス反対意見
トーマス判事は、第16修正に至るまでの経緯を踏まえ、以下のように論じています:
- 所得とその源泉の区別:所得とその源泉は憲法上区別されているとし、所得の実現は憲法上の要請であるとしています。
- 未実現の所得への課税:MRT(未実現の所得に対する課税)は、未実現の所得(源泉たる株式=個人の財産)への直接税であり、比例配分をしない限り違憲であると論じています。
さらに、トーマス判事は、法廷意見が議会は組織体かその株主またはパートナーに自由に所得を帰属させて課税できるとする説示は、Moore事件において新たに発明されたものであり、判例法上存在しないと指摘しています。そのため、所得の実現が憲法上の要請であるか否かの判断を避けることはできないとしています。
また、トーマス判事は、MRTとパートナーシップ税制、S法人税制、サブパートFを峻別する議論も展開しています。
評価

アメリカの租税政策論議への影響
- 国側の勝訴:
- 国側が勝訴したが、他の税制に直接影響を及ぼさない判示であったため、大きな混乱は避けられた。
- 納税者側の敗因:
- 納税者側は他の税制とMRTを峻別しようとしたが、失敗したことが敗因となった。
- 憲法上の所得の実現:
- 少なくとも4人の判事が所得の実現が憲法上の要請だと考えていることが明らかになった。
- これにより、富裕税や未実現のキャピタルゲインへの時価主義課税の立法を阻むという保守派の目的に対しては悪くない結果となった。
- 訴訟戦略の影響:
- 国側の訴訟戦略が、保守派の最高裁判事に所得の実現が憲法上の要請だと述べさせる結果を招いた。
- 今後の展望:
- 所得の実現を要件とせずに課税する税制に対する訴訟が提起される可能性がある。
- 特に、内国歳入法典475条や877A条に関する訴訟が試金石となる可能性がある。
- バイデン政権の提案:
- バイデン政権の未実現のキャピタルゲインへの時価主義課税提案は、所得の実現があるが、所得認識のタイミングが変更されているにすぎないとの主張がある。
租税法理論との関係
所得の実現と憲法上の論点
アメリカでは、所得の実現が重要な憲法上の論点となる背景には、連邦と州の関係に固有の事情があります。日本法においては、包括的所得概念を基礎にしているため、実現原則の採用は資産の評価や納税資金調達の困難さに対処するための実際的な理由に基づいています。日本では、Macomber事件の最高裁判決が紹介された当初から距離を置いてきましたが、実現概念に独自の役割を見出す見解も出てきています。
事業体と構成員の所得の帰属
日本法では、組織体を通じて得た所得の帰属について、私法上の権利義務関係に忠実に従っています。例えば、組合では各組合員に直接帰属し、法人では一旦法人に帰属した後、配当によって株主に帰属します。このような観念に基づいた租税立法が一般的です。
法人課税と私法上の法人格
日本法においても、法人課税の範囲を私法上の法人格に連動させる必要はありません。実際には、所得の帰属について私法上の帰属と乖離できる広い立法裁量がありますが、執行上の配慮から私法上の権利関係に揃えているにすぎません。
まとめ
Moore事件合衆国連邦最高裁判決の要約
はじめに
2024年6月20日、アメリカ合衆国連邦最高裁判所は、トランプ税制改革(2017年)の一環として導入された「国外留保所得に対する強制還流課税(MRT)」が合憲であると判断しました。この税制は、外国法人の未分配所得を少数株主である米国の納税者に課税するもので、同税制の合憲性がCharles G. Mooreらによって争われていました。
背景
米国憲法は連邦議会に課税権を認めていますが、直接税は州の人口に比例して課される必要があります。過去には1895年のPollock事件で所得税が違憲とされましたが、1913年の第16修正により、所得税の比例配分の要件は撤廃されました。Moore事件では、このMRTが「所得への課税」に該当するかが争点となり、下級裁判所は合憲としました。
最高裁の判断
最高裁は7対2の判決でMRTを合憲としました。
- 法廷意見(ケヴェナー判事執筆)は、MRTが法人レベルで実現された所得に対する課税であり、憲法に違反しないとしました。
- 同意意見では、ジャクソン判事が第16修正は所得の実現を要件としないとし、バレット判事は所得の実現を要件とすべきだと主張しました。
- 反対意見では、トーマス判事が、未実現の所得に課税するMRTは直接税であり、違憲だと論じました。
所得の実現に関する論点
所得が実現しているか否かについては、法廷意見は明確な判断を示しませんでしたが、将来的にこの点が再び争点になる可能性があります。
評価
今回の判決は、特定の税制に対する合憲性の判断に留まる一方で、将来的に富裕税や未実現のキャピタルゲイン課税への影響が議論される可能性があります。