【動画まとめ】おば~にお世話になった女性・比嘉淳子さんゲスト前編
📺 トクモリザウルス / 約45分 / 👍 7,255 / 👁 196,247 2026年3月3日現在
👤吉本興業所属の怪談芸人 ヤースー さん
🌺 沖縄県うるま市出身(1988年生まれ)、吉本興業所属・NSC東京17期で、コンビ「トクモリザウルス」として活動する怪談芸人。
👁️ 最強ユタの祖母の血を引き、幼少期から霊が見える特殊能力を持つ”霊視芸人”として、TV・YouTube・舞台で怪談・霊視を披露している。
📺 YouTubeチャンネル「トクモリザウルス」の登録者数は約27.7万人を誇り、2026年3月には初の著書『霊が見えるけど、質問ある?』も発売予定。

👤 ゲスト紹介 作家 比嘉淳子さん
🌺 那覇市在住、首里系那覇人の祖母から沖縄のしきたりを叩き込まれて育った、沖縄の伝統文化・しきたりに精通した作家・脚本家。
📚 野菜ソムリエ・琉球料理伝承発起者でもあり、NHK沖縄「うちなー昔話」やRBC琉球放送アニメの監修も手がけるなど多彩に活動、著書は『御願ハンドブック』『グソーからの伝言』『おきなわ暮らしの雑記帳』など13作品以上。
⚠️ 薄れゆく沖縄文化への危機感を原動力に、沖縄のしきたり・開運術・怪談など幅広いテーマで執筆を続けている一男一女の母。
沖縄在住の作家・ライター。ユタではなく、複数のユタ・拝み人から学んだ教えをまとめた本を出版著書は「沖縄暮らしのしきたり読本」「グソーからの伝言」など多数子供の頃から霊的なものが見える・触れる体質を持つ。ヤス(トクモリザウルス)の祖母(おば〜)のことも若い頃から知っていた。
🙏 ① おば〜との出会いと「本当の悩み」に気づかせてくれた体験
- 20代で子育て・嫁業・孤独で心臓が痛くなるほど追い詰められていた時期に、知人の紹介でおば〜のもとへ
- おば〜の第一声は「なんで結婚したの?」→「夫が好きで」→「それだけでいいんだよ」
- 完璧な妻・母・嫁を演じようとして自分を押しつぶしていたことに一言で気づかせてくれた
- 涙が溢れたら「神様の前で泣かないよ。神様がびっくりしてるよ」と諭された
- その日はお祓いなしで帰宅させてくれ、お金も受け取らなかった
👶 ② 3歳の娘に憑いた「日本兵の霊」体験
- 夜、バッティングセンター跡地(霊力の強い土地)に3歳の娘を連れて行ったところ、娘が「お姫様がいる」と言い出し、直後に高熱が続く
- おば〜に相談→「日本兵がこの子にしがみついている」と診断
- 数珠のような長い白い水晶のビーズを使い、娘の首元から引き抜くように除霊
- 「この日本兵は道が見つかれば成仏できるはず。あなたたちが縁をつないでくれた」と説明
- 翌日には熱が下がり、幼稚園に行けた
- 娘は帰りにおば〜から1,000円のお小遣いをもらってホクホクで帰宅
👧 ③ マンションに現れた「みーちゃん」の怪談(戦争孤児の霊)
- 子育て中の孤独から「子供たちと死ぬしかない」とまで追い詰められていた時期、深夜に体が重くなる
- 5歳ほどの女の子の霊が体の上にのしかかり、首を絞めてくる
- 顔の半分が古い包帯に覆われ、昭和初期のモンペ姿。包帯はぬめった感触と傷の匂い
- 娘は以前から「この子が毎晩首を絞めてくる」と訴えていたが、母は信じていなかった
- 霊に問いかけると名前は「みーちゃん、5歳」→「母ちゃんがいない。探してる」
- ビジョンが流れ込む戦時中、洞窟の中で、日本兵に「泣く子は殺される」と追い詰められ、お母さんが娘を胸に抱きしめ、壁に押しつけて窒息死させた
- みーちゃんはその後も泣く子の口を塞ぐ行動を繰り返していた
- マンション裏の慰霊碑に「5歳・女児」の名前が刻まれているのを確認
🌊 ④ 石垣島の「井戸の神様の祟り」で全身鱗状の皮膚病に
- 淳子さんの母が小学4年生の頃、突然全身が魚の鱗のような皮膚病に
- 病院(九州大学付属病院まで行っても)では治らず、薬で余計悪化
- ユタに相談→「石垣島生まれなのに、結婚・出産・引越しの報告も感謝の祈りもしていない。水の神様が怒っている」
- 母が石垣島の御嶽(産水の場所)を探し、感謝の祈りを捧げて帰沖
- その日の夕方、綺麗に治った
🔥 ⑤ 火の玉との遭遇と「井戸を埋めた祟り」
- 幼少期、クリスマスイブの深夜にカトリック教会へ向かう途中、青白い火の玉を子供の手で触って遊んでいた(熱さはなく空気の塊のような感触)
- その場所は戦争中に多くの遺体が投げ込まれた井戸があった場所
- ある職場の敷地でも水音がするのに水源がないという怪現象→調べると井戸を潰して建設していた
- 井戸の神様は潰すと祟る。「上みを失敗したら仕返しがある」という教え
☮️ ⑥ 戦争体験の語り継ぎへの強い想い
- みーちゃんのような体験を通じ、「戦争は霊を量産する行為だ」と確信
- 戦後80年、語り部が減り、記憶が薄れていくことへの強い危機感
- 昔は小学校の図書館に戦争写真集があったが、今は「グロい」として排除される傾向
- ヤス自身も祖父(おじい)から「バナナの葉の下に隠れて逃げ続けて生き残った」話を聞いており、「逃げることが正解だった」と感じている
- 「戦争で亡くなった人が出るのは、出たくて出たんじゃない。伝えてほしいから来ているんじゃないか」という二人の共通認識
💬 印象的なメッセージ
「幽霊より神様の方が怖い。神様は祟るから」
「戦争っていうのは弱いものからまず死んでいく。それを伝えなさい、伝えなさいって言ってるんじゃないかな」
「逃げることが正解。じいちゃんが逃げてくれたから今の自分たちがある」
📚 比嘉淳子さんの著書は沖縄の御願・しきたり・行事など幅広いテーマを扱っており、動画内でも紹介されています。


【動画まとめ】シーサーに魂を入れる方法 — 比嘉淳子さんコラボ後編
📺 トクモリザウルス / 約29分👍 3,867 / 👁 83,136 2026年3月3日現在
🦁 ① シーサーの歴史と本来の意味
- シーサーは屋根に置くものというイメージがあるが、本来は集落の角に置いて悪霊(マジム)を追い払うものだった
- 最初のシーサーは沖縄県豊見城の富盛に置かれたのが始まり。周囲の山(火の山)から火が飛んできて火事が続いたため、風水師の助言でシーサーを向けたところ収まったという伝承
- 各集落守護 → 個人の門(ヒジャイグチ) → 屋根へと変化していった
- 1匹から2匹になったのは個人の門に置くようになってから
- 「口が開いている方がオス・メス」という概念は日本復帰後の後付け
🌬️ ② シーサーへの魂の入れ方
- 新築の際、職人(大工)が余った瓦や石でシーサーを作り、その家の大黒柱(お父さん・おじいちゃん)の魂を込める
- 方法:綺麗に洗い、泡盛で清め、「ふーふーふ」と3回息を吹き込む
- 「この家を守ってください」と念じて屋根に乗せる
- これがその家専用にカスタマイズされたシーサーとなる
- 昔は力を強めるため口に紅色を塗るなど、カラフルに仕上げていた
🔮 ③ ユタ(霊能者)の話と「仕返し」
- 豊かな霊力・能力があっても、ユタになると死後も「仕返し」を受ける可能性がある
- 85歳で亡くなったユタの知人は、死後「生前に払い落とした悪霊がお前を待っていた」と言われたエピソードを紹介
- 比嘉さん自身も子供の頃にユタになるよう勧められたが断った。理由は「大変そうで汗だく」だったから
- 「自分と家族が可愛いなら、ユタにならない方がいい」というメッセージ
👨⚕️ ④ 亡くなった患者さんからの感謝のお礼(怪談&感動話)
- 比嘉さんの娘(医師)が研修医1年目のゴールデンウィーク、大企業の会長が末期がんで担当に
- 担当の先生に連絡が取れない中、娘は一人で一晩中患者の足をさすり続けた
- 翌朝4〜5時頃、娘のマンションのセキュリティを潜り抜けて上品なおじいさんが訪ねてきた
- 「娘さんにずっと足をさすっていただいて、どんな薬よりも効果がありました。家族誰も触れてくれなかったのに、娘さんだけがしてくれた。ありがとうとお伝えください」と深々と頭を下げ、消えていった
- 後で確認すると、その患者さんはその夜に亡くなっていた
- 娘は「医者をやめる」と言っていたが、この出来事が続ける励みになった
- 10年後も忘れられない話として記憶されている
🔥 ⑤ 火の玉とカジョーラー体験談
- 比嘉さん夫婦が霊力の強い「うたきの方(御嶽周辺)」を近道していたところ、火の玉が夫の周りをぐるっと回った
- 帰宅後、夫のお腹にカジョーラー(じんましんのような発疹)が出現
- 医師である夫はアナフィラキシーショックと自己判断していたが治らず
- 比嘉さんがお酒・塩で清め、「まぶや、まぶやー」と魂を呼び戻す儀式を行ったところ…
- 5分も経たずに発疹が消えた!
- 悪霊はエネルギーが枯渇すると人のエネルギーを吸おうとする、という解説
💬 まとめ・印象的なメッセージ
「幽霊にならない生き方をするしかない。後悔しないように生きるしかない」
「あの世とこの世は壁一枚の側。沖縄では地面から湧いてくる霊と同じ世界に生きている」
📚 比嘉淳子さんの著書も動画内で紹介されており、沖縄の「御願・行事」「グソーからの伝言」など、沖縄文化を深く学べる一冊としておすすめされています。










